湘南色はかぼちゃ色
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中坊編


あれは2000年2月1日、冷たい雨が降る日のこと
開成高校校舎1F、要するに高1-1~3の教室で私は中学受験の本番を迎えた。

受験番号にこだわりの無かった我が家は当然のごとくベリーバッドな順番で願書出したわけでありまして、これまた当然の帰結として悪い環境があてがわれたわけだ。

想像してみて欲しい。真冬の雨の日、高校校舎1階だ。日も射さない。
ホッカイロを大量動員したが、それでもおもっくそ風邪引くほどの寒さだった。


内容は・・・今でも思い出せる。旧校の同期なら、

・国語の試験文章が四谷大塚の全国模試と丸被りだったり(聞いてきた漢字まで『収穫』で一緒)
・理科:ポンポン船図解
・社会:都民なら習ったけど、玉川上水の取水堰が羽村市にあるとか普通知らないよね

ここらへんのネタを出せば、「あ~あ~!」ってなってくれるはず。

おかげさまで国語社会辺りは恐らく満点取ったと思ってます。


問題はですね。はい、はい・・・算数・・・でして

・ヒカルさんとイチロー君の流水算。

という、開成の入試問題としていかがなものかレベルの簡単な問題がありましたね。









40分かけても解けませんでしたけど。











まぁそんなこんなで補欠合格。

筑駒受験

開成の合格発表には自分の番号が無い

筑駒も落ちる

芝受ける

芝受かる

2/6に開成から電話、補欠合格! ← New!!

こんな感じでした。



のちに塾講師となったとき、テンパるとどうしようもなくなるんだよ!と生徒たちにリアルな話をするネタとして使ったが、実際酷い一週間だった。

(大学受験で番号があった時あれほど喜んだのはあれが初めてだったからっていう裏話)



閑話休題、いつまでたっても中学生時代の話にならないww





さて迎えたり4月。晴れて開成生となり、入学式の日。
入学式初日から、いきなり隣のN宮が腹を壊してWC直行という偉業を成し遂げる。
新入生らは教室で組主任と対面、諸手続の案内を受け、教科書の配布などもあり―――


帰れるかと思いきや『作文』が待っていた。
文集にするから将来の夢を書けと。


俺: 将来の夢『鉄道の運転手になりたい!』


こ、こいつ・・・

まぁぽつぽつと同類がいるわけで、『巨人軍に入って~~』と書いた某氏もいました。





▼中学一年。ぴっかぴかの一年生。

まずガリ勉キャラでスタート。だって補欠だもん。算数苦手だったもん。
その異常な熱意はノート取りにおいて最も際立っており、F村氏の授業にコンパスと分度器を持ち込むレベル。師が異常な速さで板書したものをみっちり書き上げる。

当然ノート君と化す。

隣のマッチョマンTがいつもちょっかいを出してきては僕がキレるというしょうもない構図。
彼に言わせればどう見てもネタキャラだったらしい。いや実際ネタキャラだけど。

ボートレース応援、運動会顔合わせはNという情報源がいたので前バラシがあったりだとか、担当の高三がめっちゃ優しい人だったりとかですんなり順応した。


緑組、5番騎。馬鉢優勝。後パンとか見ると、

『しょっちゅう喧嘩とかしててどうなるかと思ったが一番成長してくれた!』
『ホント心配させやがって!』
『お前が高三の時の運動会には絶対いったる!』

凄い愛情感じます。ここら辺から開成愛が芽生え始めたとかなんとか。

そういえばこの頃は結構喧嘩してました。まぁ全敗に等しい結果でしたが。


部活は模型部へ。鉄研行こうかと思ったがモアイとか神野志さんが怖すぎて回避。
バット持ってガス出してシンナーがボンドがワハハワッショイ!と暴れるなど自由すぎる所に惹かれた

合宿の行き先は東北。主犯共犯に滅茶苦茶はまった。
CCさくら12巻の発売日は仙台にいました(ぁ



▼中学二年。間違った方向へ軌道修正。

ガリ勉すぎて最早ネタキャラだった中学一年を過ぎ、2年となって数ヶ月。
一学期中間の化学でいきなり成績をドッカーーンとやってしまったので張り詰めていたものが切れた。

FだとかSだとかの悪友ができる。Gに通い始める。
この頃はアメリカでSにプロレスゲーでボコされ、Fとヴァーチャサッカーで凌ぎを削る日々。

NとかYとかSとかいう男共が机の上に漫画を積んでいくという謎の状態が続く。
机の前の方に漫画が積まれてて教壇が見えねぇwwwwwww
つかNよ花とゆめコミックスを積むな!俺の趣味が誤解され・・・いや面白いかも(爆

北斗の拳、ジョジョ、その他モロモロの漫画をここで知る。
少佐が教室で東鳩プレイしててバレー部が食いついてきた懐かしい思い出。

そういえばこの頃でしたね、自分たちの間で東鳩とか痕とか雫とか、いやQOHが流行ったのは。
や、俺は18になるまでやったことなかったですけどね。(ホントホント


一旦飽きていたゲーセンに連ジDXが入ってから状況が一変。
あれほどのガンダム旋風を引き起こすシリーズ、少年の心に響かぬはずが無く・・・嗚呼お金が。


合宿は九州。九州を1週半とかいうマジキチな計画を遂行。

・鹿児島のゲーセンで遊びすぎて足の指を全て突き指したりとか、
・缶コーヒーと栄養剤の組み合わせで実際覚醒するのか実験したところ寝れなかったりとか
・ボーリングを4日連続でやったりとか
・帰ってきたら1000円もなかったりとか
・MにGBをプレゼントされたりとか

この頃が一番無茶していた。
ボーリング熱はこの頃からヒートアップ



修学旅行の行き先が何故か東京圏を団体で好きなところへGOってことに。

鉄研の奴らと鉄道総研へ。種苗とはこの時初めて会ったはず。
初めて会ったのに、『麦藁帽子が似合いそうだね』などなど暴言を吐く
つかこの時点で鉄研の誰と接点があったのか、まるで覚えていない。Y坂か?
よくもまぁ飛び込んだものだ。




▼中学三年。わが道をゆく。

落ちこぼれルートまっしぐら、問題を起こして教員室謹慎まで食らった三年目。
流石に詳細は憚られるので割愛。

クラスの左側がオタク一色、右側がアンチオタク、という素敵なクラスに入る。
朝きたら、みんな机を両側に持っていくのよさ。で。


俺の机が真ん中に残されてるっていう!


この手の勢力争いはいつも面倒なので不参加。結果として教室の真ん中で浮いた形。
某の授業態度にホトケのA山師がついにキレる。箒が飛んできたのが印象深い。

ぶっちゃけあの人、刃牙とかに出てきそうだよ。


PHIにはまったのはこの頃。NとTの会話に飛び込んで参加。
なんかこうやって強引に参加してること多いな俺。

光という環境を持て余していた15歳はここで覚醒―――

平均睡眠時間3時間ktkr



パワポケにもはまる。教室の後ろでケーブルつなげて4人対戦ワーイワーイ
授業中に聞こえる、『ストライーク』の声wwwwwwww



最も廃人に近づいた頃。



運動会何それおいしいの状態。

合宿は北海道へ。先輩との激論が懐かしい。
今思えば、あの頃から僕の使う説得方法は搦手でした。
周囲を説得して全体的に自分が優位な空気にしちゃう。割といやらしいよね。


修学旅行は京都奈良。なんかかなりの人間が自然と集まってきて、班ができた。
信望が篤いというより、『奴に任せておけばなんか色々やってくれそう』っていう感じ。

自由行動で天橋立まで出かけるなど、かなり無茶苦茶なプランだったが楽しんでもらったかな?
学生ばっかりがいる京都奈良市内よりはいいかと思ってねー
そんなところにこだわりを見せたがる凝り性の中三でしたとさ。


というかこの頃、放っておくと何故か自分の机の周りに人が集まって出られないほどの人気ぶり。
っていうかみんな僕んとこ集まって僕以外で話進めないで~(泣

まぁ自分のそういうところにはいつも助けられています。

あれだけ奇行に走ってもぼっちにならなかったのはこういう環境のおかげかと。
色んな奴が知り合いだから、色んな人が僕んとこやってきたんですかね

次第にこういった要素は薄まっていくのですが―――




まぁざっとこんな三年でした。

ぶっちゃけ恋愛のレの字もありません。

成績は中三で結構回復してます。8.7だったか?二度目の優等は貰ったはず。
ま、数学は20点上等だったんだけどな!


 
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不安と



私は人が好きだ

人は私にないものを持っている

必ずその人の素晴らしい色があって

私はその色を愛でたい

そういう変態なんです



だから「優秀な人たちと仕事したい」っていうのは

僕の場合はなんかそういう面の方が大きい気がするのです。



あぁ本当はやっぱり教師になりたいのかもしれない。

人間として究極の目標は「人たらし」

そうです、秀吉とかそういう意味の人たらし

魅力がカンストするような人間です

そんでもって才能を愛でたいのならば、ね




でもね。就活してみてわかったことも多々ある。




頭脳労働高給取りイェーイな職場よりも、現場イイ!って思ってたのさ、最初はね。

でもね。タクトが握れないんだ。



決定権は親会社とかにあるのさ。要するに、

倫理委員会の地獄を職場で再現することになるわけです。



更にね、説明会来ている学生さんがね・・・

彼彼女らと仕事をしたいかと聞かれますと、うーん

いやそんなことを言ってはいけない。はずだが。

どうしても感じてしまう壁。



更に大学が大学だからか知らないが、

それなりの場所で面接その他の待遇

求められるのは、将来の経営陣として?



私は悩んでいます。何度悩んでES書いて、何度悩んで面接の文句を決めても。

真に熱意が篭っていない文章ほど寒々とした印象しかない



適職診断で「コールセンター」を勧められたりとか、

「非生産的な仕事が向いているでしょう」とか、

見事に社会不適合のルートまっしぐらな21歳、

内に秘めた野望を秘めたまま鎮めるのか



たまに平和じゃない時代に生まれたかったと思うことがある

きっと徒死するんだろうけど






自分が何者か。

自己分析自己分析っていうけどさ。

自分が何者か。

そんなこと10年前から悩んでんのに答え出てないんだぜ?








僕はね。

故郷が欲しいんだ。

かけがえのない友と

敬愛すべき師を。








死ぬ時は、言ってやるんだ。絶対に言ってやると決めているセリフがある。

僕の悪い癖で、先に目標が立ってしまう。

カッコつけたいんだ。

嘘が嘘を呼ぶように、虚像が虚像を呼び

僕は僕から乖離していく






結局自分なんてどこにもいない

だから自分を大事にしないのだと思う



人と違う道を好き好んで登っていたら

登る意味のない頂に立っているようだ

意味のない頂に立っているのだ





嗚呼

なるほど。





人の才能を愛でてばかりいるのは

自分を軽蔑しきっているからなんだね

だから格好つけようとするんだね





でもそんな歪んだこと言えやしないじゃないか





PLUTOとか読んでると面白いよね

混沌とした感情、それに一つの方向性をつける

さればスッと流れ始める





結局そういうことなんだと思う。

「やりたいこと」はその「偏向」から生まれるんだろう

うむ。なんだか見たくもない裏側まで見ている気分だが、

そう、虫の腹側や生き物の臓物でも見たような気分だが、

腑に落ちた気がする。





ようはその「偏向」が何かを探れば、よいわけだ。

じゃあ最近考えたこともあながち間違っていたわけでもないわけだ





 




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